10年間、待ってくれた仲間

 

この間、西日本新聞を読んでいたら、自分へのメッセージだと思われるような記事を見ました。

 

内容は、お笑いコンビ「松本ハウス」が再始動するまでのいきさつについてです。

 

松本ハウス(まつもとハウス)は、1991年に結成した日本のお笑いコンビ。1999年に活動を休止したが、2009年から10年振りに活動を再開。それから2年ほど、JINRUI(じんるい)というコンビ名で活動していた。

『タモリのボキャブラ天国』、『電波少年』などのテレビ番組で活躍していたが、加賀谷の病気療養を理由に1999年(平成11年)に活動を休止した。

10年後の2009年(平成21年)、加賀谷の病状が寛解したことにより「JINRUI」と名前を改め活動を再開した[1]。その際に2人の芸名もそれぞれ改めている。2010年(平成22年)5月から、サンミュージックプロダクションと業務提携[2]。

その後、2011年(平成23年)7月から元々のコンビ名である「松本ハウス」に戻した[3]。 同年12月2日に松本ハウスとして『バリバラスペシャル・笑っていいかも!?』に出演した。

近年(2016年時点)は、お笑い活動と共に、統合失調症に対する理解を呼び掛ける講演活動を精力的に行っている[4]。2016年(平成28年)10月「みえ発!こころのバリアフリー大使」就任。(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E6%9C%AC%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%82%B9)

 

 

 

ボキャブラ天国は、僕が高校生くらいの時によく見ていたお笑い番組でした。

その出演者の中に、「松本ハウス」がいた事は覚えています。

 

ボケ担当のハウス加賀谷さんは統合失調症。

 

僕と同じ病気を抱えています。

 

加賀谷さんは、中学受験のストレスから、幻聴、「自分が臭いと思われているのではないか」などの妄想、幻覚に悩んでいたらしいです。

 

テレビでの活躍が始まったあたり、これからという時に、加賀谷さんの病気が悪化したために、活動休止を余儀なくされます。

7ヶ月に及ぶ入院。

そして、今再び「松本ハウス」として、活動するまでにかかった時間は、

10年間。

 

彼の苦しみが分かるとともに、

10年間、待ってくれていた、相方の松本キックさんのコンビ愛を感じたのです。

 

相方の松本キックさんは、

「また、お笑いがやりたくなったら、いつでもやろう」

 

薬の副作用により、前よりもネタが覚えられなくなった加賀谷さんに対し、

「忘れてもいい。そのままのお前でいい。それが、また、僕たちの笑いになる」

 

 

 

10年もの間、相方の闘病を見守り、

いつでも活動を再開できるように、待ってくれている人がいたという幸せ。

 

加賀谷さんは、今でも他人の視線が気になったり、

不安になることがあるそうです。

でも、薬を飲みながら、

統合失調症の啓蒙活動と、お笑いができるまでに寛解したのです。

 

 

僕には、10年もの間、病状がよくなるのを待ってくれる人がいるだろうか。

 

そして、再びもどるような場所があるのだろうか。

 

新聞記事を読んで、心が暖かくなったと同時に、

この先の得体の知れない不安と、無力感を感じたのでした。

 

でも、待ってくれる人はいると思う。

 

そして、僕が戻るべき場所は、やはり、

音楽活動なのかなあと思います。

 

 

もし、何らかの病にかかり、

現在の活動が継続こんなんになったとき。

 

 

あなたには、10年待ってくれる人がいるでしょうか。

 

10年のブランクを経て、戻るべき場所があるでしょうか。

 

 

これからも、「松本ハウス」の活躍を期待しながら。

 

 

 


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