創造はアイデアの掛け合わせ(詰め込みとゆとり教育)

 

僕は14歳から、30歳まで真剣にギターを弾いていました。

そして、作曲をしていました。

 

作曲という行為。

誰の曲とも似ていない、自分だけのオリジナルの曲が作りたい。

だから、人の真似をするのは嫌だったし、新しいアイデアが、既存のアイデアの組み合わせであるという考え方にも、

反発してきた人生でした。

 

詰め込み教育とゆとり教育

僕が大学受験の頃は、まだ詰め込み教育、暗記中心の教育でした。

自分で何かを考えるというより、まず単語や知識の暗記が中心だった。

僕は途中で飽きてしまいました。

 

その後ゆとり教育が実施されます。

ゆとり教育

無理のない学習環境で子供たちがみずから学び考える力の育成を目指した教育。暗記中心の知識の詰め込み教育や過度の受験競争が,いじめ,不登校,少年非行を誘発しているとの批判をうけ,偏差値重視の教育を廃止してゆとりのある教育に転換し,生きる力を育成しようという趣旨のもと実施された。1977年の学習指導要領改定で「ゆとりと充実」がうたわれ,1999年の全面改正(2002実施)によって実質的に始まったといわれる。教科にとらわれない「総合的な学習の時間」の新設,絶対評価(→相対評価)の導入のほか,学校週 5日制を完全実施,土曜日の授業時数が減り,各教科の学習内容は一律に 3割程度削られた。しかし,こうした措置による学力低下が問題となり,2008年2月,文部科学省は中央教育審議会の答申に沿い,授業数の増加を盛り込んだ学習指導要領改定案を発表した。2008年3月要領が改定され,ゆとり教育からの転換がはかられた。(https://kotobank.jp/word/%E3%82%86%E3%81%A8%E3%82%8A%E6%95%99%E8%82%B2-155065

 

偏差値重視の教育には僕自身も疑問を感じていました。

そして、受験そのものの意味が分からずに勉強していた。

 

2002年に「ゆとり教育」が始まり、総合学習の時間が新設されたり、授業数が減らされたりしました。

でも、その結果学力が低下し、今では見直しがはかられています。

 

荘司 雅彦さんの素晴らしいブログの紹介

アゴラに荘司 雅彦さんという方の素晴らしいブログがあったので、一部を抜粋します。

先般、星新一氏の講演CDを聴いていたら、とても興味深い話に心を打たれました。概略、次のような内容の話です。

(ちょっとした小話をした後)「どうやったらたくさんの物語が書けるのか?」と訊ねられることが多いが、先ほどの小話くらいがスラスラ出てくるようになる必要がある。アイディアは全く別のモノの組み合わせだ。

私の勝手な引用抜粋ですので不正確な部分があると思います。
しかし、これを聴いた時、スティーブ・ジョブズが「創造性とは既存の知識の組み合わさだ」と語ったこと、そして古典的名著である「アイディアのつくり方」(ジェームズ・W・ヤング著)でも同じことが書かれていたことを思い出しました。

人間が作り上げる独創的な芸術なども、既存の材料の組み合わせだといわれています。モーツアルトが少年時代に父親から(モーツアルト以前や同時期)の音楽を叩き込まれたこと、代表曲「レクイエム」も前の時代の作曲家の曲に似ていることはとても有名な話です。

ビートルズの音楽も、それ以前のエルヴィス・プレスリーの歌に大きく影響されているというのは、故ジョン・レノン自身が認めるところです。

以上の事実からもわかるように、既存の知識や材料をたくさん頭の中に詰め込んで、それを組み合わせるのが人間の「創造的行為」なのです。

このように考えると、「子どもたちの自由な発想を伸ばす」という目的で「学習内容のインプットを減らした「ゆとり教育」は、「自由な発想」の元となる材料を少なくしているので、逆の結果を招いてしまったのは当然のことだったのです。

http://agora-web.jp/archives/2026143.html

 


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詰め込みとゆとりからアイデアは出るのではないか

荘司 雅彦さんのブログでは、星新一さんのアイデアの源泉、モーツァルトもビートルズもスティーブ・ジョブズの例が挙げられています。

アイデアというものは、全く別のものの組み合わせであるということを、再確認させられました。

既存の材料、既存の知識の組み合わせによって、新しいアイデアが出る。

 

そのためには既存の知識や材料を詰め込む必要があります。

これは、教育に限った事ではなく、大人になって仕事をする日々でも、必要なことです。

 

でも、ただ知識や材料を頭に詰め込んだところで、

アウトプットの作業を行わなければ、新しいアイデアは出ません。

 

昔読んだビジネス書には、「毎日新しいアイデアを10個出す習慣を作れ」なんて書いてありました。

 

ゆとり教育が目指していたことも理解できます。

知識を詰め込みながら、それぞれの生徒の創造性、独創性、表現力、発言力。

そういったものを高めようとしたのではないかと思うのです。

 

 

これからの時代は、大衆の時代から、個人の時代になります。

 

教育においても、詰め込みと表現力、発言力の訓練の同時進行が必要となってくるでしょう。

 

まさに、詰め込みとゆとりを合わせてしまえばいいのです。

 

 

教育現場の先生方は大変かもしれませんが、その分コンピューター、AIの進化により、

詰め込みと、アイデア出しの教育の効率化が相当に進むでしょう。

 

 

生徒たちは、自分で意味を調べ、動画を見て学習し、

音声で発表して、宿題をこなす。

そんな時代がもうすぐやってくるでしょう。

 

 

今からの子どもたちに、大人も負けてはいられないと思いました。

 

新しい知識を毎日詰め込み、組み合わせてアウトプットする。

 

詰め込みも、ゆとりもある意味正解だったんだと思った一日でした。

 


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